病院給食を取り巻く環境は、近年ますます厳しさを増しています。
これまで比較的安定的に提供されてきた病院の食事が、今、コスト上昇の波にさらされています。
その主な要因として、食材費、光熱費、そして人件費という、給食運営に不可欠な三つのコストが同時に高騰している状況が挙げられます。
病院給食の質と安定供給を揺るがす最大の要因の一つが、止まらない食材価格の上昇です。
この背景には複数の世界的および国内的な要因が絡み合っています。長引く円安傾向や世界各地での異常気象、さらには国際紛争などが、特に輸入食材の価格を押し上げています。
冷凍野菜や油脂類、魚介類といった品目の中には、前年比で10%から20%以上も値上がりしているものも少なくありません。
国内に目を向けても、天候不順による不作や、生産に不可欠な飼料価格・燃油価格の高騰が生産コストを増大させ、国産食材もまた値上がり傾向にあります。これらの価格上昇は、献立の原価を直接的に圧迫する深刻な問題です。
しかしながら、病院給食は入院時食事療養費という公定価格制度の下で運営されているため、コスト上昇分を即座に患者負担や診療報酬に転嫁することは極めて困難です。
その結果として、多くの病院において給食部門の赤字幅が拡大の一途をたどり、病院経営全体の大きな負担となっています。
食材費の高騰問題に加えて、病院給食の現場は光熱費と人件費の上昇という、いわば二重苦とも言える厳しい状況に直面しています。調理に不可欠な電気・ガスといったエネルギー料金は、特にロシアのウクライナ侵攻以降の国際的なエネルギー価格高騰の煽りを受け、直近3年間で約30%もの大幅な上昇を見せているケースも散見されます。
厨房で使用される機器はエネルギー消費量が大きいものが多いため、この光熱費の負担増は経営的に無視できないレベルに達しています。省エネルギー効率の高い最新の厨房機器への更新も一つの対策ではありますが、そのためには多額の設備投資が必要となるため、特に経営体力に余裕のない中小規模の病院にとっては、決断が容易ではないのが実情です。
人件費もまた、上昇の一途をたどっています。国が定める最低賃金の段階的な引き上げは、調理スタッフや配膳スタッフの給与水準を直接的に押し上げる要因となります。これに加えて、日本社会全体の構造的な問題である少子高齢化に伴う労働力不足は、給食業務の現場においても深刻な影を落としています。
特に、労働環境が厳しいとされがちな厨房業務では人材の確保が一段と難しくなっており、結果として派遣スタッフに頼らざるを得ないケースが増えています。そして、その派遣スタッフの単価もまた、需要の高まりとともに高騰しているという厳しい現実に直面しています。
このような病院給食を取り巻く厳しい経済状況に対応するため、国も入院患者の食事提供にかかる費用、すなわち入院時食事療養費について、段階的な見直しを進めています。しかしながら、その改定によって上乗せされる金額は、現場で実際に発生しているコスト上昇のペースに十分に追いついているとは言い難いのが実情と言わざるを得ません。
長年にわたり実質的に据え置かれてきた入院時食事療養費ですが、近年の急激な物価高騰という社会経済情勢の変化に対応するため、ようやく改定が実施される運びとなりました。まず、2024年6月1日より、入院時食事療養費(I)の基準額が、1食あたり従来の640円から670円へと30円引き上げられました。
この改定は、実に約25年ぶりとなる本格的な見直しとして注目されました。さらに、これに続く形で2025年4月1日からは、1食あたりさらに20円が上乗せされ、690円となる予定です。
この一連の改定に伴い、一般所得に区分される患者の自己負担額も、2024年6月には従来の460円から490円へ、そして2025年4月には510円へと段階的に変更される見込みです。ただし、低所得者層の患者に対しては、負担が急増しないような配慮措置が別途講じられています。
2年間で合計50円という入院時食事療養費の引き上げは、厳しい状況に置かれている病院にとって一定の評価ができるものの、現場が直面している経済的な負担を完全に解消するには残念ながら至っていません。
今回の診療報酬改定による増額分は、主に高騰する食材費の上昇分を補填することを目的としていますが、その食材費上昇分の約半分程度しかカバーできないとの試算も出ており、近年の著しい光熱費や人件費の高騰分までは手が回らないのが現状のようです。
その結果として、多くの病院では依然として1食あたり数十円の持ち出しが発生している状況が続いており、給食部門が抱える赤字構造は根本的には改善されていないと言えます。この埋まらないコストギャップをいかにして埋めていくかが、各病院にとって喫緊の経営課題となっています。
入院時食事療養費の改定だけでは、病院給食の厳しい経営状況を立て直すことが困難であるという現実において、各病院は自ら積極的にコスト高騰に立ち向かうための具体的な対策を講じる必要に迫られています。
その主なアプローチとしては、日々の献立作成や食材購買戦略の最適化、厨房内におけるオペレーションの徹底的な効率化、そして専門業者への業務委託の活用という三つの方向性が考えられます。
日々の食事提供業務において、最も直接的にコストコントロールの効果が期待できるのが、献立内容と食材調達方法の見直しです。まず、どの食材が特に高騰しているのかを正確に把握し、その使用頻度や献立における量を適切に調整することが基本となります。例えば、価格が比較的安定している旬の食材を積極的にメニューに取り入れたり、栄養価を大きく損なわない範囲で冷凍野菜の利用比率を高めたり、あるいは鶏むね肉や豆腐製品などの代替タンパク質を効果的に活用したりすることで、献立全体の平均単価を抑制することを目指します。
食材の仕入れ方法についても、より戦略的なアプローチが求められます。複数の施設による共同購入や、計画的な大口発注を行うことにより、納入業者との間で単価交渉を有利に進める余地が生まれます。また、ニュークックチルシステムや真空調理法といった先進的な調理技術を導入し、食材の歩留まりを向上させたり、調理工程での食品ロスを削減したりすることも、原価低減と栄養価維持という二つの目標を両立させる上で有効な手段となります。
厨房内における作業効率の向上と、使用エネルギーの削減もまた、コスト削減に大きく貢献する要素です。旧式のガス回転釜や大型冷蔵庫など、特にエネルギー消費量の大きい厨房機器を使用している場合は、IH一体型調理機器やインバーター制御機能付きの冷凍冷蔵庫といった、省エネルギー性能の高い最新機器への更新を検討する価値があります。このような設備更新には初期投資が必要となりますが、長期的な視点で見れば、月々の光熱費の大幅な削減に加え、調理時間の短縮による労務費の削減効果も期待できます。
食器洗浄機についても、従来の手洗いに比べて水道光熱費や洗剤使用量を大幅に抑えられる高効率な機種が登場しています。さらに近年では、AIカメラを搭載した冷蔵庫システムを導入する事例も見られます。このシステムは、食材の在庫状況をリアルタイムで遠隔監視することを可能にし、発注精度の向上を通じて食品ロスを約3割削減したという報告もあり、IT技術の積極的な活用も有効な対策の一つと言えるでしょう。
自院の努力だけではコスト削減や品質維持の限界を感じる場合には、給食業務の全体、あるいは一部の業務を専門の業者に委託するという選択も、非常に有力な解決策の一つとなり得ます。大手委託業者の多くは、全国規模での大量一括購入体制を構築しており、それによって食材単価を市場価格よりも10%から15%程度低く調達できる場合があります。このようなスケールメリットは、個々の病院が単独で努力してもなかなか享受することが難しい、外部委託ならではの大きな利点と言えるでしょう。
また、調理スタッフの採用活動、入職後の教育研修、日々の労務管理といった、人件費に関連する煩雑な業務を外部化できるというメリットも見逃せません。これにより、病院は人件費を固定費から変動費へと転換させることが可能となり、昨今の人材採用難や人件費そのものの高騰といった経営リスクを軽減することに繋がります。委託業者は多くの場合、専門の栄養士や経験豊富な調理師を多数抱えており、安定した人材供給と、専門知識に基づいた効率的な厨房運営が期待できるでしょう。
病院給食の運営方法として、引き続き院内で調理を行う「内製(直営)」と、専門業者に業務を委託する「外部委託」があります。それぞれにメリット・デメリットがあり、どちらが自院に適しているかは、病院の規模、方針、経営状況などによって異なります。以下の比較表は、その判断の一助となるでしょう。
項目 | 内製(直営) | 外部委託 |
---|---|---|
原材料単価 | 個別・小口購入が中心となり、比較的高めになりがち | 共同購買・大量仕入れによりスケールメリットを活かし、単価を低減できることが多い |
人件費 | 栄養士・調理師等の常勤スタッフ確保が必須。採用・教育コストも自前 | 委託費に人件費が含まれる。業者側で人員配置を最適化し、労務管理負担を軽減 |
献立の多様性と柔軟性 | 院内栄養士の裁量と能力に依存。独自色を出しやすい反面、マンネリ化のリスクも | 全国規模のデータベースや専門チームにより、季節感のある多様なメニュー提供が可能。標準化と個別対応のバランスが鍵 |
栄養管理・治療食対応 | 院内栄養士が患者状態を直接把握し、きめ細かく対応しやすい | 委託先の栄養士との連携が重要。専門性の高い治療食のノウハウを持つ業者も多い |
HACCP等衛生管理 | 自院で体制を構築・維持する必要があり、専門知識とリソースが必要 | 多くの場合、HACCPに準拠した衛生管理システムをパッケージで導入済み |
業務効率・改善スピード | 設備投資や人員増強には時間と承認プロセスが必要 | 委託業者の持つノウハウやベストプラクティスを迅速に現場へ反映しやすい |
コミュニケーション | 院内スタッフ間のため、比較的スムーズ | 病院側と委託業者側との定期的な情報共有と意思疎通が不可欠 |
緊急時の対応力 | 状況に応じて柔軟に対応しやすいが、人員・食材確保に限界も | 契約内容による。大手は災害時のバックアップ体制を持つ場合も |
コスト構造の透明性 | 比較的把握しやすい | 委託費の内訳(食材費、人件費、管理費等)の明確化が重要 |
この表はあくまで一般的な傾向を示すものです。内製であっても創意工夫を凝らすことでコストを抑制しつつ質の高い給食を提供している病院も数多く存在しますし、逆に外部委託を選択したものの、契約内容の精査不足や業者選定のミスマッチによって期待したほどの効果が得られないというケースも残念ながらあり得ます。最も重要なのは、自院が何を最優先事項とするのかを明確にし、それぞれの運営方法が持つメリットとデメリットを総合的に比較検討した上で、最適な選択を行うことです。
外部委託を成功へと導くためには、単に業務を外部の業者に丸投げするという発想ではなく、委託業者を病院にとっての良きパートナーとして捉え、共に質の高い給食サービスの実現を目指していくという姿勢が不可欠です。そのためには、契約を締結する前の段階での明確な目標設定と、契約締結後の継続的かつ建設的なコミュニケーションが成功の鍵を握ります。
外部委託契約を締結する前の段階で、病院側が今回の外部委託によって具体的に何を達成したいのか、その目的を明確に言語化し、それを委託業者候補となる企業と具体的に共有することが重要です。
例えば、「1年間という期間で、現在の食材費総額を10%圧縮する」といった直接的なコスト削減目標を設定するだけでなく、「患者満足度調査における食事に関する項目で、平均85点以上を維持し、可能であればさらに向上させる」といった品質面やサービス向上に関する目標、あるいは「特別治療食として提供できるメニューの種類を増やす」といった具体的なサービス拡充目標も設定することが考えられます。
これらの多岐にわたる目標を達成するための具体的な行動計画や、その進捗度合いを客観的に評価するための指標(KPI:重要業績評価指標)についても、事前に病院と委託業者の双方で合意形成を図っておくことが望ましいでしょう。
KPIの具体的な例としては、食材費率の推移、残食率の改善度、患者満足度スコアの変動、定期的な衛生管理の監査結果などが挙げられます。そして、設定したKPIは、月次や四半期ごとといった定期的なタイミングでレビューを実施し、その進捗状況をお互いに確認し合うことで、目標達成に向けた軌道修正を適宜、迅速に行うことが可能になります。
委託契約が開始された後も、病院側の担当者と委託業者のスタッフが密接なコミュニケーションを取り続けることが、良好なパートナーシップを維持し、提供されるサービスの質を継続的に高めていく上で不可欠な要素となります。
具体的には、病院の管理栄養士、担当病棟の看護師長、そして委託業者の責任者や実際に厨房で業務を行う現場スタッフなどが一堂に会する定期的な合同会議(例えば月に1回程度)を開催することが有効です。この会議の場では、献立内容の評価、調理品質の確認、アレルギー対応食の運用状況、患者から寄せられた意見や要望などを具体的に共有し、必要な改善策について建設的な協議を行います。
また、合同での試食会を定期的に実施することも、非常に有効なコミュニケーション手段の一つです。実際に患者に提供される食事を病院スタッフと委託業者スタッフが共に試食し、その場で評価することで、味付けの方向性、盛り付けの見た目、適切な温度管理といった点について、具体的なフィードバックを活発に交換することができます。
これは、より患者の嗜好に合致した魅力的なメニュー開発へと繋がるでしょう。さらに、患者や病院スタッフから寄せられた苦情や要望に対しては、「24時間以内に初期対応を行う」といった明確な対応ルールを事前に設けておくことで、迅速かつ誠実な対応体制を構築します。
サービス低下を未然に防ぎ、患者満足度の維持向上に努めることができます。そして何よりも、日々患者のために食事を提供する現場スタッフの意見を尊重し、彼らのモチベーションを高く維持することも、質の高いサービス提供のためには忘れてはならない重要なポイントです。
病院給食を取り巻く経営環境は、食材費、光熱費、そして人件費という三重のコスト高騰という、過去に例を見ないほどの厳しい課題に直面しており、残念ながら今後もこの厳しい傾向は当面続くと予想されます。入院時食事療養費の改定による収入増だけでは、この急激なコスト上昇を完全に吸収することは難しく、各病院にはこれまで以上の経営努力が強く求められています。
日々の献立における創意工夫や厨房運営の効率化といった内製努力は引き続き重要ですが、それに加えて、給食業務の外部委託は、単なるコスト削減策としてだけでなく、提供する食事の質の維持・向上、高度な専門性の確保、そして何よりも病院スタッフが本来注力すべきコア業務へと資源を集中するための戦略的な投資として捉え直すことができます。しかしながら、この外部委託を成功させるためには、委託先の慎重かつ適切な選定と、契約締結後の継続的なコミュニケーションを通じた良好なパートナーシップの構築が不可欠であると言えるでしょう。
本ページで解説してまいりましたコスト高騰の具体的な背景、それに対する実践的な対策アプローチ、そして内製と外部委託それぞれの比較ポイントや委託先との効果的な連携術などをぜひご参考に、それぞれの病院にとって最適な給食運営モデルをご検討いただければ幸いです。信頼できるパートナーと共に、質の高い、そして持続可能な病院給食サービスを実現していくことが、これからの変化の激しい時代においてはますます重要となってくるでしょう。
引用元:第一食品公式HP
(https://www.dfcn.co.jp/cooking/)
TEL:06-6783-8181
引用元:ナリコマグループ公式HP
(https://www.narikoma-group.co.jp/)
TEL:06-6396-8020
引用元:日清医療食品公式HP
(https://www.nifs.co.jp/)
TEL:03-3287-3611
【選定条件】
2024年4月4日「病院給食 委託」、2024年4月24日「院外調理」でGoogle検索で表示され、病院給食を提供している提供エリアとメニューについての記載があるサービスのうち、以下の条件で選定
‧第⼀⾷品:2024年4月24日に調べた時点で、調理〜盛り付け〜洗浄まで院外で⾏っている明記がある唯⼀のサービス
‧ナリコマホールディングス:2024年4月24日に調べた時点で、慢性期病院・精神科病院向けの365日日替わりの献立を提供している
‧⽇清医療⾷品:2024年4月24日に調べた時点で、給⾷受託業務を⾏っている会社を調べた中で、1900件以上の医療機関へ治療食を提供している実績がある